金曜日にカンファレンスに出た。会議オンレールズ (Kaigi on Rails) という。同僚のひとりがスタッフで参加している伝手で誘われてチケットを手に入れてもらった。

デリバリのうまいひとの話はエンターテインメントであった。それこそひとに話を聞かせる醍醐味におもわれた。そうでなければ、退屈きわまるあの苦痛もあった。とはいえ、会議であれば退屈なときもある。そうおもってしのいだ。

ディスカッションをもっとしたいとおもいつつ、口を動かす時間があるなら手を動かしていたほうがまし、というテーゼのことも考えて、途中からは聞くのをやめて自分のみつけた問題の解きかたを考えていた。このとき、きょうはわざわざ有明まで来ていなくてもおなじだったな、と情けない気持ちになっていた。

スピーチがひとしきり終わったあとに懇親会がある。いきますか? ときかれて、正直いってあんまり乗り気じゃなかった。千人で飲み会するよりもはやく帰ってビデオみたい。そんな気持ちでいたけど、みんないく様子に流されてついていった。それも含めたチケット代なんだし、タダメシ食って帰るか、くらいの投げやりな気分ではあった。

会のなかば、体調をくずしているとひとづてに聞いていた知り合いの姿がみえて、かけよった。明るいばかりでない話の断片もいくつか交換したけれど、まず外にでてこられている様子であることを知って安心した。これが最後の会う機会にならないようにと、連絡先も交換した。ほかにも半年ぶりなり一年ごしに見かけたひとにすこしずつ声をかけたりして、かならずしも深い話こそしなかったけれど、心は洗われるようだった。

「友達と会社をやろうとして決別したんですよ」と、いまではもう一年前になる近況をレポートしたら「おお、ぼくもそれ昔やったやった」「おつかれさまでした」とにこにこ打ち返された。そういう歴史がその明るいひとにあることは知らなかった。それくらいのことはよくある話で軽いこと、というのではないやりかたで、落ちんだあとに回復してやり直せることをいきいきと教わるようだった。

いまもすこしあのときのことに引け目を感じて引きずっていたことと、その重荷をもうすこし下ろせたことの両方に、あとから気づき直す心地がした。帰り道で反芻するのはそのことばかりだった。うれしかったのだとおもう、またすこし明るい自分になれるかもしれないことが。