家から二番目に近い駅前のオープンしたてらしいネパールレストランにいった。
なんでもないウィークデイの夜、図書館に予約してあった本をとりにいこういこうとおもっていながらつい遅くなってしまった。図書館が閉まるぎりぎりに駆け込んだあとに、もうごはんも外でたべたほうが楽だなとおもった。自転車をふらふら走らせたら、若いふたりが店のまえにたってつつましく客引きをしているのがきこえた。頭のなかはまだいったことのない鶏白湯ラーメンでいっぱいになっていたはずなのだけど、ネパールという音がきこえたきがして、そうかあとおもった。カレーでもいいな。カレー屋さんはいくつかあるし、カレーを食べるならまずここ、という候補地もあるのだけれど、若いひとたちがつつましく客をあつめているのが印象に留まった。
カレーのつもりで入店したはずだったのだけれど、メニューの冊子をみると耳馴染みのないメニューがならんでいる。カレーも出している。しかしカレーはあくまで副戦場という矜持もあるようだ。ネパールの地図がかかげてあって、なにかの尺度で国内に境界線をひいて色分けをしてあって、なにを説明してあるのかはわからなかった。「チャットパット」と「チャウミン」をたのんだ。
店のまえで呼び込んでくれたおかあさんが注文をとってくれたあと、サービスですといってアチャールを出してくれた。おかあさんはぼくより十個したにもみえるし、十個うえにもみえる。アチャールは刻んだ野菜がほのかに酸っぱくておいしい。ここまでが安全な食事だということをすこしも知らずにたべた。
おかあさんがもういちどやってきて、辛さはどうしますかとたずねた。辛そうなメニューばかりだったから、あんまり辛くなさそうなスナックと焼きそばをたのんだつもりだった。なるほど、好きなひとは辛さを足すこともできるわけね。辛くなくしてくださいとたのんだ。
「チャットパット」は豆と根菜とシャキシャキの野菜とが刻まれて、ベビースターみたいにぽりぽりのスナック麺とポン菓子とがあえられている。食べたことのない料理で、あたたかそうな見た目のをひとくちひょいと食べたら、あんがいつめたい。ぬるいのでなくてつめたい。そしてすこし酸っぱくておいしい。ふたくちみくちと食べると、辛さがやってきた。おお。辛くなくても辛いやつか。やすみやすみ食べても舌はひりひり、頭はほてって汗がでた。ハーブの香りがしてつめたい料理なのがまだ助けになる。でも辛いものは辛い。なんとかこらえて平らげる。
「チャウミン」は特別な香りのする炒め麺で、油をくぐってきた見た目をしていて、あつあつだ。ひとくちめ、おいしい。焼きそばというより、炒め物ミックスに麺も絡んでいるというぐあいに、いろんな食材に知らない調味料があわさって、複雑な香りがする。ふたくちみくちと食べるにつれて、わけのわからない辛さで口がびりびりした。山椒のタイプの辛さだ。熱くて辛いからわけがわからない、だんだん味もわからなくなる。なんとなくおいしい気はする。お肉もはいっていて食べごたえもあるし。でもスパイスが口のなかをぶっ壊して、食欲こそ増進してぱくぱく食べていこうとするも、舌は完全にバカになった。鼻がわずかに香りをよりわけてハーブとお肉とスパイスを感じた。頭から額を流れて汗が目にそそいだ。ぬぐってもぬぐっても濡れた。冬であれば頭から湯気をたてていただろう、短髪がシャワーをあびたみたいに濡れて、顔も首もびしょびしょになった。スコールにあったみたいだった。
値段は低くて量はたっぷり。満腹にしてもらって二千円。お客さんをすこし呼んですこしはいるくらいでちょうどいいサイズのレストラン。すごく感じのいいお店だった。激辛を飲み下して身体を冷ましながら、いったいなにを頼めば辛くないごはんにありつけただろうとおもってメニュー帳をもういちどみたが、スパイスと書いていないメニューはきょうたべたふたつのカテゴリだけだった。残りのカテゴリはスパイスにこだわりをみせていて、まず辛いにちがいない。再チャレンジのハードルは高いけれど、出てきたものは食べきることができたわけだから、辛いものが苦手というのだって食わず嫌いなのかもしれない。感じる辛さはおなじであって、首からうえがずぶ濡れになるのが苦手ということかもしれない。辛いものは食べられるが、スコールに打たれながらごはんを食べたいとはあんまりおもわない。そういうことかもしれない。