仙台フィルを聴きにきた足でレンタカーを借りて、そのまま海沿いを北にドライブしながら観光した。

多賀城のビジネスホテルに泊まり、朝はやくに塩竈港に向かった。市場で朝ごはんを食べられるようになっていると知ったのだった。市場にはいってあちこちの卸売屋さんがお刺身のパックを店頭に並べているのを見繕って、食堂にゆくとどんぶりにごはんを盛ってくれるから、あとは好きにどうぞ、というシステムになっている。気の向くままにえび、ほたて、ひらめを手にとって、立派なまぐろのお刺身もあわせて、もりっと食べた。市場はとてつもない広さというのでもなく、食後に外周をうろうろとみまわるのにちょうどよかった。雨の予報に反して、まぶしい日差しが海から射していた。

塩竈から松島へ。湾を東に見下ろす双観山展望台に寄って松ごしに松島をみた。そのあと湾をはさんで反対側の宮戸島大高森まで走った。同じ湾をこんどは西に見下ろせるか、ともくろんだが、大高森の展望台へは小登山をしなければならなかった。どんぐりだらけの粘土道を用意もなく半分ばかりまでのぼって、あと15分と表示をみて、片道であればともかく往復の時間は割けないとあきらめた。奥松島と書いてあった表示のいちばん奥まで車を走らせるだけ走らせて、来た道をもどった。

東松島市は、野蒜(のびる)海岸沿いにまっすぐのびる道を走って、いっぽん右に折れるとすぐだ。街のいりぐちのところに戦闘機のモニュメントがあった。自衛隊の基地のある街だ。バイパスを離れて町内にはいり、矢本駅と東矢本駅をみた。歩いているひとは、矢本駅のそばでのみわずかにみた。バイパスをわたり直して、南側の自衛隊基地のほうに車を向かわせてみる。カーナビの画面が黒塗り状態になっていてものものしいわりに、曲がろうとおもえば曲がることのできる角もあったようにみえたから、入口と書いてあるほうに素直に走ってみたら、その先には検問所がひかえていた。行列こそなかったので門番の隊員さんに「すみません、まちがえました」と笑って引き返したが、白々しくみえたかもしれない。基地からはなれて海岸には堤防があり、堤防の手前には大規模な工場群があり、まっすぐな道をぼんやりと走るにはすこぶる気持ちがよかった。堤防をおりていったところで海釣りをしているひとがおおくみえた。

石巻の工業地帯が東松島の工業地帯からそのまま接続していて、バイパスをさらにバイパスする道としてつかうことができる。しかし石巻もスキップするには惜しいから、いちどもどって蛇田という町にある巨大なイオンモールをのぞいてみた。にぎわっていることがただちにすし詰めであることを意味しないことを幸福におもった。石巻は市としてみると巨大な自治体だが、町なみは旧北上川の西岸にちいさくまとまっている。そう教えてくれたひとが推薦してくれた「イロリ」というカフェに寄ってみた。シェアオフィス兼カフェとしてにぎわっているはずと聞いたが、週末でオフィスはお休みだからか、客足はまだらで、のどかなものだった。哲学を修めて博士号をとったあと、石巻に移って在野で研究をなされているというかたの手になる「こわれたものの直し方」という「ジン」がおいてあって、その場で通読できる長さのものを通読したあと、これはもらっておこうとおもって、売ってもらった。

女川町へは、石巻を東に横切って、万石浦の北側の辺をわたっていく。水辺の道をいくぶん横須賀観音崎をおもいだしながらとおった。浦の石巻の側にスーパーセンターがあって、さしずめ女川からもここへ買い物にやってくるだろうと想像した。浦をわたる道の景色はよく、しかし道はせばまってみえるから、頻繁に往来するにはいくらか遠く、疲れるかもしれないとも。牡鹿半島、コバルトラインへ分岐する交差点を横目にみながら、まず女川町の中心部へゆく。雨が降らないうちに、食堂のテラス席でこの日ふたつめの海鮮どんぶりにする。そして食べ終えるとすぐに降りはじめた。

コバルトラインは牡鹿半島の尾根をつたうように走るワインディング・ロードで、バイクに乗って宮城にやってくるひとにとって目的地のひとつになると聞いていた。バイクをもってくることはできなかったから、レンタカーで走って下見としてみようとおもったわけだ。雨が散っているが、四輪であればいくらか落ち着いて運転することもできる。そういって小一時間かけてくねくね走って、最奥の「御番所公園」の展望台にたち、金華山をのぞんだ。ぱらついたり止んだりを繰り返して心もとない雨雲ごしに夕焼けが燃えはじめているのがみえた。ぼくともう一組しか観光客はおらず、駐車場には花火のゴミが散らばっている。ほとんどひとの気配がない牡鹿半島の先端でまんじりとしていると、不意に選挙カーがアナウンスをしながら駆けていった。その滑稽さだけをおもいだしてそれより重要な名前を思い出すことのできないこの候補者にいったいすこしでも勝つ気はあるのだろうかと苦笑したが、のどかなユーモアには笑顔をあたえられた。折り返して進む道は尾根を降りて沿岸をとおって、万石浦の南側にでる。コンビニですこし休憩しようとするも、レンタカーの返却時刻に間に合わなくなるかもしれないと思い直して、駐車場にはいったはいいがすぐ飛び出して走り続ける。

石巻の町内を抜けて、イオンモールのところまで戻ってきて、三陸自動車道に乗る。東松島、松島、利府、塩竈ときょう来た道を引き返すように走る。制限速度が時速100キロの区間がちらほらあるのに、流れはおおむね時速80キロだった。安全運転ともいえるけれど、それ以上に渋滞をつくりやすい気質ともこの街のドライバーたちはみえる。市内にはいると渋滞がはげしいのはもとより、もう日が暮れているのに無灯火で直進してくる車があまりにおおく、それに怯えて交差点の右折がとどこおって、交通の流れがすべて止まってしまうあり様をみた。仙台市外の道路はおおむね走りやすかったのと比べて、仙台市内の道路事情はいくつもの意味で失敗しているようにみえた。しかしいまは無事故でレンタカーを返却できたことに満足しておこう。24時間で250キロ走ったようだった。