金曜の夜にサントリーホールの音楽を聴きにいった。
北欧のプログラムで、シベリウス「トゥオネラの白鳥」、ニルセンのクラリネット協奏曲、そしてベルワルドの交響曲第4番「ナイーブ」と三本立てだ。今月はブロムシュテットが三度登壇する。二年ぶりの来日、ご年齢は97となった。いやはや。
開演時間になって、楽団員がぞろぞろステージにあつまって、パラパラと拍手がはじまる。この日のコンサートマスターは郷古廉さん。コンサートマスターは、いつもはみなが着座したあとに満を持して登場して拍手をあび、そして指揮者がいっそうおおきい拍手をあびながらあらわれるのを待つ。しかしこの日の郷古さんは、楽団員が半分ばかりしか揃わないあいだに下手からあらわれて、ともにあらわれたブロムシュテット翁に腕を貸して、彼が指揮台にみずからゆっくり歩んですすむのを補佐した。翁の登場にはやくもブラボーが飛び交った。
演奏は凛として静謐。ブロムシュテットは指揮台のうえでオットマン型の椅子にかけて、しかしオーケストラを導く指揮棒を持たない腕はキリキリと躍動した。ニルセンのクラリネット協奏曲で、ソリストはN響首席の伊藤圭さん。モダニズムをおもわせる技工に満ちた協奏曲をよく聴かせて、小編成のオケのなかにあってスネアの存在感が光る音楽だった。ベルナルドの交響曲第4番では、スケルツォの繰り返しを執拗に聴かせたあと、不意に狂乱めいた盛りを迎えてビシッと決まった。
演奏が終わってすぐに立ち上がって聴衆に向き直るのにもエネルギーを要するから、指揮者はその厄介を割愛して、オーケストラに向き合ったまま背中で拍手を浴びた。自分への拍手は興味がないといわんばかりに、楽団員を順番に指さしてねぎらって、自分以外のみながオベーションを与えられるのをほがらかにみつめた。最後にいちどだけ、座ったまま身体を横にひねって聴衆に顔を向けて、ゆっくりと手を振った。翁が帰ろうと立ち上がると郷古さんがあわてて傍らに自分のバイオリンをあずけて、きたときとおなじように腕を貸して、引き下がった。
前の日の未明に羽田に降り立って、ロサンゼルスとのあいだの時差ボケで朝型になった身体をそのまま労役させた。昼をすぎると集中力はそぞろになって、夕方には眠くなる。夜からのコンサートにとっては、悪いコンディションだった。透明度が高く内省的な演奏を前にして、すべて寝過ごすようなことこそ避けられたものの、ふさわしい集中力をあずけることはできなかった。それは惜しいことだったけれど、そうなるよりないことでもあった。北欧の作曲家たちに接触できた収穫をよろこぶ。