ドジャースタジアムに野球を観に行った。
ポストシーズンの地区シリーズ第二戦で、三勝で勝ち抜けの五連戦。地区優勝のドジャースが地区二位のパドレスをホームに迎えている。第一戦は山本投手が打ち込まれたがドジャースが逆転勝ちで先行して一勝した。
ドジャースの先発はフラーティ投手。パドレスの先発はダルビッシュ投手。ドジャースの先頭打者は大谷選手。ぼくたちの座席は、ホームベースの背後のトップデッキで、高いところからグラウンド全体を見下ろした。ドジャースファンとパドレスファンの比率は 95% に対して 5% というくらいにみえた。ドジャースファンがチャントしているのに混ざって、ぼくたちもドジャースファンだった。
初回。大ブーイングを浴びて打席にはいった二番打者のタティスがあっさりとホームランを打ってドジャースは失点した。まあまだこれからという具合にドジャースの最初の攻撃がはじまった。ダルビッシュ投手と大谷選手の対戦。このまえの世界大会のときにはピッチングをリレーしてアメリカ代表を封じ込めたふたりが、こんどは初回からぶつかるんだな。スタンドからはみっつのアルファベット “MVP” の合唱が起こった。あっさりと凡退して投手に軍配。
次のスターは二番打者のベッツ。大谷選手の打席はなんだかカメラを向けるのが恥ずかしいような、それともカメラ越しに伺うのがもったいないとおもったような、なんともいえない情があってまんじりと観戦していたけれど、ベッツの打席はせっかくの機会にビデオでも撮っておこうと端末をとりだしてもたついていたら、レフトに大飛球が飛んだ。ホームランだ! みんなそうおもった。大事なコンタクトを見逃した! ぼくはそうおもった。ベッツは一塁を回ってゆうゆうと走って、しかし二塁のあたりで踵を返した。ファールだったのではなかった。パドレスの左翼手が、ホームランボールを掴んで刺したのだった! 好守備をしたのはプロファー選手。パドレスが流れを引き寄せた気配があった。
ドジャースにとっては淡白な試合展開が続いた。追加点を許したあとの重要な攻撃で、ノーアウト満塁の場面をお膳立てして、犠牲フライで一点を返した。しかし次はファーストライナーからのダブルプレーで、あっけなく反撃は止まった。そのあとは、攻撃の見どころはひとつもなかった。外野へ飛んで抜けそうな打球こそいくつかあったが、パドレスの外野手たちがことごとく好捕して通さなかった。ダルビッシュは七回を82球で抑えて3安打1失点。四球もなかったか、あってひとつくらいのはず。テンポのよい快投で、大谷選手の株を奪った。大谷選手のファンにとってはお気の毒、野球ファンにとっては老獪な技術できりきり舞いにさせるベテラン芸に惚れ惚れさせるものがあったようだ。
ドジャースにはいいところがまるでなかった。フラーティ投手は、タティスに死球をぶつけた。不用意に走者を出して意味のない投球であるうえ、初回のホームランへの報復にもみえかねないところが、愚かな投球だった。三番打者のフリーマンは、気づいたら交代して不在になっていた。攻守に精彩を欠いていた。
終盤にかけて試合は壊れた。パドレスの守備中、内野手たちも右翼手もみんなが左翼に駆け寄って、アンパイアを交えてひとかたまりになって、なにかを訴えた。試合が中断した。フィールドにボールが転がっているようにみえて、外野席のドジャースファンがフィールドに投げ込んだのかなとおもった。ところが事実は選手を侮辱してゴミを投げ込んでいたらしい。
おそろしく敵対的な状況をパドレスは覆して、最終回になお本塁打を重ねて、終わってみたらスコアは10対2となった。敵地に乗り込んでこれだけの勢いを得て、試合のなかで団結力をいっそう増したようにみえるパドレスは、第二戦にしてすでにシリーズの勝者に値するチームにみえた。ドジャースは、格の低いチームだった。すくなくともこの夜は。ドジャースとエンゼルスが実はこっそり取り替えられていた、という冗談が成立してしまうくらいに、すべてが機能していなかった。
ぼくは大谷選手のユニフォームのレプリカを買って身につけて、ブルーのハンカチを振っていた。これほど大味な試合も、神宮球場のスワローズ戦とおもえば珍しい試合ではないし、ホームランを量産する乱打戦はバカバカしくもおもしろいことはたしかだ。しかし選手を罵倒してゴミを投げるような連中のうちの自分はひとりであると思わせられてしまって、不愉快なのだろう。おなじユニフォームを身に着けてしまっていることは恥ずかしい。少なくない数のファンが同じ思いであったと信じたいものだ。
ロサンゼルスに来たのは、家族のいる家に帰るみたいに、なにもなくとも平凡にすごすことがいちばんの目的だった。やたらに毎日でかける予定はつくらないでいた、治安にも物価にも不安はあるし。そのかわりに、あたらしい仕事の区切りで忙しそうにしているパートナーを手伝って、いくらかでも励ましてあげられたらそれで十分。という気持ちでいたのだった。
渡航の前の日にいつもの店に髪を切りにいって、あしたからロサンゼルスなんすよ、と話したら、うわあめっちゃいいじゃん、野球みにいくの? という話になった。それはそうだとおもった。いまロサンゼルスにいって、ドジャースを観ないなんてありえない。そんな雰囲気があるのはぼくにもわかる。雰囲気に流されるのは気が進まないが、流されていてもいいや。観に行きたいな。
そうおもって、ロサンゼルスに着いた夜に、野球をみにいきたいと話した。計画するには遅すぎたかもしれない。ちょっと不安にさせてしまったけど、やさしいひとたちが助けてくれて、いい席がみつかって、ぼくはボールパークに連れていってもらった。
ユニオンステーションからのシャトルバスに乗った。片側三車線の道路のうち、ひとつの車線がシャトルバスのために予約されていて、残りの二車線が大渋滞になっている横を、白バイの先導にくっついて、バスはまっすぐ丘のうえの球場にのぼった。到着した球場のゲートの前には、42番のおおきなオブジェがあった。ジャッキー・ロビンソンのユニフォームを着ておとずれているちいさなファンと保護者がいて、42番の前で写真を撮っているのをみた。
トップデッキ席の外縁で、座席の提案をしてくれたスコットさんとキミさんが待っていてくれて、手作りのお弁当を食べさせてもらった。外縁からみわたす景色は、夕方の丘からのぞんだロサンゼルスの街並みで、シュロの木の向こうにみえるダウンタウンはポストカードのように美しかった。座席につくと外野スタンドの向こうに遠い山並みがみえて、それもおなじくらい美しかった。