鍼灸院にいってみることにした。寝起きに背中に違和感があるのが何ヶ月も長引いて、朝晩に入念にストレッチしてもたいして効かずに無為な時間を費やしているように思われて、病院からはいまある以上のアドバイスを引き出せないとあきらめて。
短パンひとつ、うえは裸になって仰向けの触診、うつぶせの触診、坐位、安静、というようにことがはこんだ。うつぶせにされた。執拗なほどに左の踵を押下された。患部は最後にこそ繰り返しさわられたけれど「ここが痛いですか」「ではここはどうでしょう」という紋切り型の意思疎通ははかられなかった。始終無言、まるで触れば歴然のよう。無音とおもった院内に、坂本龍一の “M.A.Y. in the Backyard” がちいさく鳴っているのが聞こえた。
背骨のひくいところ、腰のところに、熱い灸をすえられた。ひとつごとに数秒、こらえてこらえて、と励まされてジッとつとめた。しばらく仰向けでおらされて、三分か五分、脈をとるように手首をさっとつままれて、よいでしょう、きょうはここまでとしましょう、と終わった。灸を三つ。それでおしまい。鍼はなし、指圧もなし。鍼を打つのは慣れていないとすこし痛いかもしれませんが、まず大丈夫ですから、とあらかじめ念を押されていたけど、それさえいたずらに打たずに終わった。
灸をすえた、患部より低い身体の軸のところ。そこで力が抜けていて、抜けた力を補う力が患部にかかる。いわゆる身体の歪みで、力が抜けるのは冷えによる、冷えによるから灸であたためる、そこから身体は快方にゆるみはじめる。そんな所見を拝聴。一日から一週間をみて、ゆるんでやわらぐかをみてください。だんだんよくなるといいのですが、どこかで改善が止まったら、一週間後を目処にまたきてください。
風呂にははいらずシャワーですませるように、お灸の刺激を熱でうすめないために。冷たいもの、アイスや清涼飲料はひかえめに、身体全体を冷やさないために。身体がひろく冷えています。血のめぐりが悪くなっている。寝ているあいだは特に血は巡らないから、朝にこそこわばりがある。そういう話だった。
冷房は弱くしていたけど、それで身体は涼しくおもっていたから、それが涼しさでなくて冷えとして溜まっていたとなれば是非もない。冷えを指さされて生活習慣に思い当たってもいる、寝る前に冷たいお茶をたくさん飲んで、あずきバーもよく食べた、この夏は。
どこに力がはたらいているかを指差す代わりに、どこに力がはたらいていないかという不在を言い当てる、それは神秘的だとおもった。天津に留学して修行した先生らしい。 灸で熱したのはあわせて十秒ばかり。それだけの処置で身体のトレンドがいいほうに変わっちゃうなんてことがあったらそれこそ神秘主義の気もするけど、ほんとうにそうなるんじゃないかとおもって正直たのしみにしている。まあ、一週間みるようにとのことだから、一週間みてみよう。