峠道を走ってみたいとおもった。
道志みちとか奥多摩周遊道路とか、関東の有名道路というのにちょっとあこがれをもちはじめてしまった。でもまずこちらときたら、いちどだけ池袋の東口から西口にわたる道でカクンと直角に折れ曲がる道で、よたよたとしたうえさらに曲がりそこねた記憶、いちどきりのカーブだったのでほんとうはどうだったかわからないが、失敗したという苦手意識だけ育ててしまっていて、本格的な峠道を走るためにはもっと練習しないといけないという自意識を育てていた。とはいえ都内をいくら走れど、停車と発車、ワンショットの交差点カーブくらいは練習にこそなれ、連続カーブはまずどこにもなくて、いいかげん山道を走ってみたいという気分も盛り上がっていた。それで大垂水峠に目をつけた。
大垂水峠はかつては走り屋がたむろして暴走族の聖地みたいになっていたのが、いまでは「夢の跡」というような峠道で、こんにちではオートバイや自動車よりもむしろサイクリストに人気のよう。速度超過や走行帯違反を単に禁止して取り締まるだけではなくて、スピードを出しにくい舗装をほどこすなど工夫しているようだ。それなら、スピード・レーサーたちのあつまりそうな道志みちやら奥多摩周遊道路よりも、ビギナーにとって走りやすい道路かと考えたのだった。
圏央道の高尾山インターチェンジを降りて、相模湖方面にうろうろ走っていくと大垂水峠がある。ヘアピンカーブがいくつかあるが、前後をスピード狂にはさまれることなく、むしろふつうの乗用車、軽自動車がのんびり走っているから、こちらも教習所でならったとおりに、眼の前のカーブに気を取られずに、曲がった先の進行方向をじっと見据えて、車体をかたむけてスイっと曲がろうとする体重移動に集中することができる。うまく曲がれたカーブはいくつかしかないにせよ、なんともたのしい! あっというまに峠は抜けてしまって、そのまま流して相模湖にいたった。湖畔の駐車場にとめて休んだ。
帰りはどうしたものかなと地図をながめて、来た道を引き返して帰るのもなんとも無粋だしとおもう欲がでた。相模湖のすこし西から南におりる道があって、その先で道志みちにつながっている。まだ早いとおもった道志みちだが、踏破はめざさないで、途中から合流して相模原に向かう部分区間だけを走って経験してみたいとおもった。すこしでも経験を踏んでおかないといつまでも上達なんてしないんだから、といって、たのしみが勝ってそうすることにした。
スマートフォンをマウントする機材はバイクにそなえてあるから、地図を常時表示しながら走ることもできるのだけれど、すると画面ばかりみてまわりをみない走りになってしまうから、かえってあぶない。地図をあらかじめ熟読して、なにを目印にどこで曲がるべきかをインプットしてから走り出すようにしていた。ここでもそうして、南下する道のひとつめの丁字路で左折して東へ、そのあとふたつめの丁字路で右折して相模原市街へ、とおぼえていた。南におりていく道も、林のなかのゆるいワインディングをとおりぬけて、風は冷たく快適で、木漏れ日きれいで飽きずに進んでいった。
丁字路を右折した、道志みちにはいったらしい。前後にも対向車線にもバイクの数がすっかり増えた気がして、ちょっと緊張しながらひたすらワインディングをこなした。森の天気はきまぐれで、通り雨も降った。走れど走れどゴールはみえない、わかりやすい道しるべもない。やがて気付いた、たぶんぼくはいま西へ、山中湖に向かっている。左折するはずの最初の丁字路を右折したことは、おもえばまちがいないのだと…
はたしてそのとおりで、道の駅がみえてしまって、ここは山中湖行きのチェックポイントだ。いちどここで休憩して、来た道をすこし戻って、都留に抜け出した。もういちどワインディングの行列をやりなおすための集中力は切れてしまったと感じたため。片道のさらに半分だけだったとはいえ、峠道とはこんな感じと走り込みをするのはたのしく、満足な時間だった。見積もりをあやまって集中力が切れさえしなければ、もうすこし奥までいってから帰ってくることもできそう、その自信は収穫といえそうだ。
しかし都留から乗った中央道は談合坂の手前から大渋滞、渋滞を避けようとして降りたら下道はもっとひどく、相模川が相模湖にそそぐところの一本橋がすっかり目詰まりを起こしてしまっていて、日差しに焼かれて汗でずぶぬれになって、狭い道だから止まってヘルメットをはずして水分補給する隙もできなくて、たいへん。渋滞の先で大垂水峠をふたたび抜けて、高尾山インターチェンジから結局高速に乗り直して、八王子から先の都心はふたたび渋滞だったが、下道の渋滞よりはまだしもましとおもった。午前十時に出て午後八時に帰る道のりは行きも帰りも渋滞で、渋滞を避けて早起きすることがいかに大事なことかとわかった。
いちにちで走った距離は 230km だった。バイクを手に入れてからいちばんの長さで、これはずいぶんがんばったな、という心地だった。