サイトウ・キネン・オーケストラを聴くために松本に日帰り旅行をした。
松本市をおとずれるのは、去年のルビー会議にいって以来となる。そのときの日記は欠けているんだな。あれは晩春のころで過ごしやすい気候だったとおもう。こんどは盛夏でとにかく暑い。
どうしても日帰りしたかったというのではなかったのだけれど、コンサートのチケットをとったときにはすでに市内のホテルは満室だらけで、前に泊まった民泊も埋まっていた。埋まっていたどころか、宿泊料金が二倍に値上がりしていた。どちらにせよ埋まっていては関係もないことだけれど…
早朝のあずさに新宿から乗ると、土曜日の朝の便にしてすでに予約満席だ。窓際の座席について、相模湖駅より奥、甲府駅にかけて雄大な田園風景に空、雲、山並みが広がった。悪い連想を洗いながす美しさだった。
駅についてまず松本市美術館へ徒歩。暑くないとはいえないけど、東京にくらべてずいぶんましにおもえる。日陰にはいると涼しく、風も気持ちよくふく。湿度が低いというわけではなく、単純に気温が五度低い。その五度がおおきい。松本市美術館で「北欧の神秘」展をみる。
美術館から北に二百メートルくらいの「しき」でお昼にする。たぶん前の年にだれかにおすすめされた新しめの定食やさん。カウンターの入り口にいちばん近いところに通されて、ぼくの入店で満席となったようす。まちのひとが次々やってきて、満席といわれるとそのまま待たずにどんどん去っていった。みな家族ではやってこずに、かならずひとりかふたりだったのが印象に残った。眼の前でたくさんの刺し身が切り取られ、たくさんのおばんざいが盛り付けられるのをみた。
彩り定食といって、お刺身の盛り合わせの定食をたべた。酢と焼き海苔が添えられて、手巻き寿司をして食べられるようになっていた。白身のお刺身が五種類くらいあって、たいへん満足のいく食べごたえだった。しらたきをたらこであえたもの、アボカドをにんにく醤油に漬けたもの、という趣向もたのしくおいしいものだった。
中町通りという蔵のならぶ町並みを抜ける。食後の散歩の気分はいいものだが、真昼の太陽は朝よりずっと厳しく、歩くには厳しい。もっとも、東京では朝からこの気温であるわけだ。お土産屋さんをちらほらのぞいて涼みながら町内へ。
本町というバス停から松本文化会館に向かえると道案内をみて、バスを待つ。日陰の自動販売機でアイスコーヒーを買って、通りのスピーカーからブラームスの交響曲第1番が流れるのをぼうっと聴いた。バスは10分遅れでやってきた。乗ったのと次のバス停でどかっとコンサート目当ての乗客が乗っかって、バスは超満員になった。30分ほどかけて会場についた。
コンサートのあとは会場から松本駅へ直通のシャトルバスがでていて、路線バスとおなじ値段の切符を売っていた。ありがたく乗って、最後部の席でぼんやりと日が暮れはじめるのをみた。西日がまぶしく、疲れを感じた。松本駅で軽食をとって、地産品のおみやげをみた。するともう帰りのあずさの発車時刻だ。
スマートフォンの充電が少なくなっていて、新宿につくまではもう触らないことにしようと決めた。夕暮れの物悲しい景色を背景にすると、松本市だって大都会だ。やがてトンネルが窓を真っ暗にして、みるものがなくなった。座っているうちに眠ってしまっていたが、起きてもまだ甲府の手前だった。もってきた冒険小説を読んで暇つぶしをしたら、こんどは乗り物酔いになってしまってもういちどじっと座って目をつむって時間が過ぎるのを待った。八王子に着いたら、あとはあんまり揺れなくなった。窓の外にはほんものの大都会の夜景がみえた。
頭が痛くなりそうなのをごまかしごまかし耐えた。新宿、総武線のホームのノイズを他人事みたいに聞いた。高円寺駅は風がふいても熱風でまったく気持ちの悪い夜だった。自転車でさっさと帰ると、ちょうど頭痛がしはじめた。薬を飲んで寝た。