ミューザ川崎シンフォニーホールをはじめておとずれて沖澤さんの指揮する音楽会を聴きました。曲目はシュトラウスの「ドン・ファン」にリストの「ピアノ協奏曲第2番」そしてサン=サーンス「交響曲第3番オルガン付き」です。チケットは完売、会場は満席です。

開演前に沖澤さんとピアノの阪田知樹さんによるプレトークがあるということでした。ふたりがステージにあらわれて沖澤さんがマイクを通して話していわく、夏風邪により声に不自由があるため阪田さんとオーケストラの楽団員にステージをゆだねるとのこと。そうして阪田さんがピアニストの立場からプログラムの演目を語って、やがて三名の楽団員が合流します。コンサートマスターの日下さん、ヴィオラの柳瀬さん、ティンパニの武藤さんがそれぞれ、沖澤さんの仕事の印象を述べます。音像に信念をもつ芸術家であることと、ディレクションに無駄がない実務家であることを両立させるイメージが語られました。

まずシュトラウスの「ドン・ファン」です。ハイテンションにはじまる作品にあわせて沖澤さんは身体のバネをダイナミックに使った身振りでオーケストラを引き立てます。オーボエとバイオリンのソロをハイライトして、二十分の演奏はあっというまに過ぎました。グロッケンシュピールとトライアングルがちらちら高音部をかすめる様も耳にこころよいものです。はつらつとした演奏でした。

続いてリストの「ピアノ協奏曲第2番」です。プレトークでおしゃべりを披露してくれた阪田知樹さんがソリストとして壇上にあらわれます。沖澤さんの指揮ははモードを切り替えてオーケストラをしておだやかにピアノを導かしめます。阪田さんのピアノもまた、自分が牽引しようというドライブは控えめに、オーケストラとの調和をはかるようです。プレトークで垣間見えた人格のやわらかさがのぞく演奏でした。チェロとピアノの独奏のかけあいもすばらしいものでした。技工をハイライトするシーンがあるのもいいものでしょうが、この日のリストは猛々しさよりも繊細さに注目して提出された印象でした。アンコールは軽やかな小品で、のちにコンサートのウェブサイトを再見してそれがフォーレ「ネル」の阪田さんによる編曲と知りました。

インターミッションのあと、サン=サーンスの「交響曲第3番オルガン付き」です。パイプオルガンの大木麻里さんは、ミューザ川崎シンフォニーホールのホールオルガニストであるそうです。作品はそれぞれ二部構成の全二楽章で、各楽章の後半でパイプオルガンがあらわれます。第一楽章のパイプオルガンは精霊を天上に運ぶようにゆったりと懐の深い音をオーケストラと絡み合わせて気を遠くさせます。第二楽章ではオルガンが空気を裂いて絶叫し、地上に楽園があらわれたかのような曲想です。オルガンがこの世の音ではない音を鳴らすのを呆然として聞いて、ただ遠くをぼんやり見つめることの至福をおもいました。

読売日本交響楽団を聴いたのははじめてのことで、女性指揮者と女性コンサートマスターが統率するオーケストラを聴いたのもはじめてのことでした。川崎にコンサートを聴きにきたこともはじめてのことに数えられます。三階席はちょうど目の前に指揮台を見下ろす位置で、上手側のコントラバスとチェロの一部は死角にはいりました。パイプオルガンを正面にみていないのに、その音がホール全体に響いて包む様を身体で感じることができたことはめったにないこととおもいます。