高崎芸術劇場にカート・ローゼンウィンケルのカルテットを聴きにいった。マーク・ターナー。ジェフ・バラード。ベン・ストリート。この三人を伴ってきた。

お客さんはたくさんはいっていた。男性がおおかった。若いひともおおかった。開演前と終演後にみんなぞろぞろステージ前にあつまって、ステージ上の機材の写真を撮影していた。現役のプレイヤーにとっては気になるディテールなんだろうな。

ステージの下手にはグランドピアノがおいてある。今回のバンドにはピアニストはいないはずだが。ホールの都合でステージ上にピアノをおいておかないといけないのかな。そうとぼけたことをおもっていた。物置のためでもゲストのためでもないピアノの機能はのちに明らかになる。

ライトが落ちてマーク・ターナーがまずステージにあらわれる。土色のシャツの上にウルトラライトダウンベストみたいなのを着ている。細身で長身。すっかり白髪になった短髪。続いてカート。おなじように長身で、白髪だ。身体はがっしりとおおくて、胸のしたに抱えたギターがちいさくみえる。ベン・ストリートとジェフ・バラードがそのあとに続いて、前口上なしに演奏にかかる。

カートは一曲ごとに二本のギターを持ち替えながら演奏した。持ち替えるたびに、右手で左肩に触るようにしてストラップをかけて、エフェクターボードにかがみこんでシールドを挿し替える所作をした。自分のためのセットアップを自分のためにして誰かに任せないところが印象的だった。

三曲続けて聴かせたあと、マイクをとって話す。二十五年前にはじめたプロジェクトのこと。スモールズでの週次ライブの録音をリリースできたこと。すばらしいプレイヤーたちの紹介。

演奏曲は、おぼえている順にこうだった。一曲目は知らない曲。幕間のスピーチで F ではじまる一語の曲名をはっきり口にしたはずなのだけど、昔いた猫を題材にしたという余談のほうに気を取られて忘れた。そのあと “Zhivago” “Dreams of the Old” “Filters” “Use of Light” とやった。後半にもう一曲あったはずだけれど、耳におぼえはあって曲名が思い出せないものだった。

いつも指板をみおろしながら演奏していた。身体をほとんど動かさなかった。昔の映像なんかみると、演奏のテンションがあがるにつれて身体を激しく揺らさずにはいられない、みたいなスタイルのプレイをしているのがみえるんだけど、この日の彼は違った。涼しい顔だとか、呼吸するようにのびのびとというのにもみえなかった。意識から脱落して、手放された音楽が落ちてくるという感じだった。うん、指から音が飛び出すのではなくて、音が指から落ちてくるような演奏だった。アタック感を消した音作りで、およそギターの出す音には聴こえなかった。バイオリンぽいのか、オーボエか、それともオルガンなのかとぼんやり考えながら聞いていたけど、違う楽器ではっきり似たものはなさそうだった。

ジェフ・バラードは派手なドラムソロがあるわけでない。自分からおらおらと前に出て目立つ演奏でもない。それがはじめの数曲はちいさく聴こえたのだけど、後半になって耳がアジャストするほどにどんなにすばらしい演奏だろうとはっきり心を奪われた。微妙なニュアンスをつけたシンバルの叩きわけ、それが新しいアクセントをリズム追加しているみたいだ。ベースのリズムキープのうえで、ドラムはドラムの即興をたえず実験しているようだった。ただ刻むだけでなくて音色を聞かせるドラム。もとよりジャズドラムはそういうポジションだとして、これこそ説得力ある演奏だった。

最後にもういちどカートがマイクをもって最終曲のアナウンスをする。最後に “The Next Step” をやるといってピアノに座った。お、ここでピアノひくんだとたぶんみんながおもった。

ピアノに向かった瞬間、音楽家たちは二言三言交わして、演奏曲をその場で変更した。リーダーの気分が10秒で変わって計画変更のようだ。ステージを行き交った曲名は “Mr. Hope” だ。変更前よりもぼくにとっては思い入れのある曲。

ピアノでもアドリブ中にフィルインする高速下降フレーズにギターとまるっきりおなじフレーズを使っていた。「おお」そこにおどろいた。単になにかしらのスケールを降りていっているだけなのかもしれない。でも練習が指を支配するさまがみえて、独特の感動があった。

カートのライブ演奏をみるのは三度目。いままでの二回はどちらも丸の内でみた。たぶん十年前にいちど。セッション友達のドラマーと冬にいって、彼がCDにサインをもらうのを見届けた。五年前にもういちど。大学の同期といく約束をして、でも彼が残業で来られなくなって、終演後に落ち合って八重洲のパブで反省会をした。このときはアンコールにコルトレーンの “26-2” を演奏した。その演奏を妙にクリアにおぼえてる。その二回と比べて、今回がいちばん機嫌がよさそうにみえた。

高崎は音楽への助成をあれこれやっているらしい。高崎芸術劇場のこれからのラインナップは、ロン・カーター、ジュリアンラージ、ラッセル・マローンなど。北関東でジャズファンをやるのもなかなかやりがいがありそう。さらにいっぽうには群馬交響楽団もあって、高崎をベースに活動している。高崎駅の構内にはストリートライブ特区のスペースもある。同じジャズを聞くのでも、この街で聴くのは丸の内とか表参道で聞くのとはまったくレベルの違う嬉しさのあるコンサートだった。