ガルシア=マルケスの『コレラの時代の愛』を読んだ。
若い愛の育て方の誰にでもあるミスをひきずって、過去と妄想にとらわれて愛を手に入れられないあわれな男が、半世紀を経て寡婦となったおなじ女性を再訪する。おそろしそうな話にみえる。かたや若い心を燃やした足掛け五年の恋の明かりをいちにちでたちまち消灯して、やがて縁も恋もない地域の名士にめとられ良妻の人生をまっとうした女は、かならずしも熱狂する恋の相手ではなかったはずの夫の永遠の不在に狼狽する。老いをみつめて人生の孤独な豊かさを語るしずかな小説。
安定していそうな富貴の夫婦がどのように育ち馴れ初めて、カリブ海にそそぐ川の先で血みどろの内戦が争われている時代になにをおもい、なにをたのしみなんの悲しみを担ったかが穏やかに述べられる。魂の平安は、心を引き裂く苦しみを味わったおかげではじめて手に入れられた。閉ざしていた心をすこしだけ開いたとき、その隙間は全世界がはいるほど広かった。一瞬だけはじける強い幸福感は、ただいちど通り過ぎただけで長続きしなかったとはいっても、それがあったことこそ模範的な人生であった。
永遠の幸福が崩れゆくことをみつめながら、一瞬の幸福はなんどもおとずれなおすことをやさしく伝える。