NHKホールでN響の定期演奏会を聴きました。

定演にいくのは1年半ぶりです。前回はブロムシュテットがマーラーの交響曲第9番を振るのを聴きました1。音像こそわすれてしまったけど、最後の楽章が消えいる死のように終わって、ブロムシュテットがなかなかタクトを降ろさないあいだの張り詰めた空気と、それが一気に弛緩して大喝采にかわる瞬間の恍惚感をよくおぼえています。

今回は、マレク・ヤノフスキが指揮です。数えで86歳となる高齢の芸術家ですが、楽団が提供するプロフィール2によると、2016年にバイロイト音楽祭に初出演して『ニーベルングの指環』4部作を指揮したことを転機に、ベルリン・フィルへの客演を筆頭に活動を旺盛にしているとのこと。「大器晩成の巨匠である」とまで書いてあります(なんだか変な表現だなともおもいます)。東京・春・音楽祭でのワーグナー公演に取り組んでいるというので、去年の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」でいちどN響とのコラボをぼくも聴いているはず。でもそのときの日記3は、ヤノフスキには触れていませんでした。とにかくワーグナー聴きたさでおとずれたので、どんなひとの指揮になるのかはあんまりわかっていなかったようです。

二階席の左上のあたりの席です。実のところ、この公演から三回続けてAプログラムを聴けるセット券を手に入れているので、あと二回は同じ席に座ることになります。この日は東京都写真美術館にいったあと、恵比寿のモンスーンカフェでパッタイを食べて、原宿からNHKホールに向かいました。開場の二分前くらいに到着して、開場と同時に席について、あまりひとのいないうちに読書して待ちました。

一曲目はシューベルトの「交響曲第4番」です。30分ほど。あまり集中することができませんでした。近くから飴をあけるようなノイズやつぶやく声(!)が聞こえたりして、気がざわめいていました。座席のためか音が遠く感じられました。あまり馴染みのない曲目で、ぜひ新曲のつもりかなにかで聴いてみたいと意気込んでいたのですが、うまくいきませんでした。よく予習する時間も取れなかったものだったので、もったいなかったようにおもいます。

二曲目は休憩をはさんでブラームスの「交響曲第1番」です。休憩のあいだにステージに追加の席が用意されて、オーケストラの拡大を準備します。こちらはよく知る曲目で、一音目からわくわくして聴きます。第1楽章は、ビオラのセクションが身体をゆらして情熱的にがんばるのを、バイオリンのセクションがクールにいさめるような演奏の対比で、なにか抜け感があるような、噛み合っていないような、という印象がありました。しかし演奏がすすむにつれてネジがはまりはじめて、拡大したぶん音圧を増したオーケストラが、一曲目では「音が遠く感じられました」といったことが嘘だったみたいに、音の塊で一直線に飛びかかる演奏に様変わりします。そこから第4楽章まで息を切らすことなくたたみかけて、好演でした。

ヤノフスキは背筋がしゃんとしていて、誰の手も借りずに登壇して、カーテンコールにも何度も応えていました。指揮台のうえでも堂々とした姿勢で立ち、足と胸でオーケストラにまっすぐ語りかけようとするようでした。背筋はまっすぐしているのにすこしうつむいているようにもみえるようなしかたでゆっくり歩く姿には、ときにはおろおろとしたことがあったかもしれないが地に足をつけて進んできた老芸術家の生の姿という印象がありました。