昔の職場での友だちに技術イベント「島ッカソン」に誘ってもらって、島根の離島に二泊三日でいってきました。

海士町は隠岐諸島のひとつの島で、後鳥羽天皇の流刑地としてあわわれる島でもあります。羽田空港から鳥取の西端にある米子空港(愛称は鬼太郎空港)に飛んで、境港という港からフェリーで離島にわたります。二時間ほどの航海です。元同僚の出身地で、きれいな土地と話には聞いていたこの島を、ぼくははじめておとずれました。

そこでの「島ッカソン」です。イベント名は離島の自意識と「ハッカソン」を足し合わせた造語です。はじめはなんのことやらという具合でした。しかし日程を進めるうちに離島というトポスはぼくの観念のなかにくっきりインストールされ、不思議な友愛感情をさえあたえられています。もうすこし詳しくおもいだしておきましょう。

海士町は人口二千人強の自治体です。ひとつの島がひとつの町です。二千人が暮らす町をどうやって経営するか?

30名ほどの参加者にはまずお題目として6つの課題が提示されました。たとえばこんなものです。

そしてこれらの問題提起に呼応して、参加者たちは町役場のひとびとはじめ有志島民のみなさんの力を借りて、テクノロジーの支援でなんとか糸口をみつけようとします。参加者たちは島に到着した時刻から数えて24時間のあいだに、問題提起のピッチを聞き、チームを立ち上げ、背景を聞き取り、アイデアを整形し、成果発表をおこないました。週末だけのイベントは、交通の制約もあって駆け足とならざるを得なかったものの、不思議な興奮と歓喜につつまれていました。

のちに本土のひとびとに尋ねたところによると、海士町は隠岐諸島を引っ張って突き進むエンジンで、たとえば全国から政治家が視察にくるような、ひときわ目立った自治体なのだそうです。たとえばこの島は、かつては一般の地方自治体と区別なく人口の単調減少が予測されていました。ところが現在のところ、減少に歯止めをかけるどころか、微増すら起こっているということです。奇跡的な話のようにも聞こえますが、そんなことがありえると証明してなお、ニッチな最先端に立ち続ける町です。

ぼくはというと、都市部にいてテクノロジー産業にたずさわりながら、テクノロジーに対して懐疑をもつことのほうがおおい、あまり幸福なことばかりでない考えをもってきました。国際テクノロジー企業はなにやら様子がおかしいし、東京の起業家はアメリカの模倣をすることに熱心なように映ってしまいます。金を生むという面では夢のある産業で、しかしそれがいったいなんの意味をなすだろうと虚ろなおもいを抱かせることもおおいにあります。

それとは違うパラダイムの新鮮さを「島ッカソン」ではみせられました。そこでは金の最大化は目的でなく、イデオロギーの全面化も目的ではありません。島に暮らすひとがいて、生活がある。それを維持するにはどうやらテクノロジーの支援をうけなければいけないようだ。ではどうすればいいだろう? まずは島外からひとを呼んでいっしょに話し合ってみよう! これがこのイベントの動機でした。

あるコミュニティとそこにいるひとびとが地に足を踏みしめてものごとを前に動かそうとするありさまに、ぼくは感銘を受けました。制度を出し抜いて自分だけが利得を得ようというものではなく、コミュニティに利益を与えようとする態度には清々しいものがありました。テクノロジーはひとの望むものをつくることができて、ひとは富だけを望むのではない。このように素朴な信念を教育されて、ぼくはこの島のファンになったと告白します。