オスマン帝国がトルコ共和国に取って代わられる。それからおおむね100年。イスラームの記憶を消去して西欧においつこうとした帝国解体の精神はどのように揺らいだか。それを消去できないことを発見した共和国はどのような運動を通り抜けたか。政治と宗教の関わりを、異なるやりかたで進歩を志したひとびとに迫ってわかりやすく論じた本。

政教分離と世俗化は異なる観念であるとまず注意をうながされる。

政教分離はキリスト教世界の観念である。そこでは聖と俗のあいだに線を引くことは容易だった。聖とは教会であり、俗とは政治である。やがて教会が俗に侵入する。聖俗一体となって腐敗した政治への対抗策として、政教分離という観念があらわれた。政教分離によって、キリスト教世界は近代化のひとつの条件を満たしたとされる。

たいして、イスラーム世界には教会がない。神と信徒は直接つながって、中間に権威を必要としない。改革者たちは政教分離を近代化の条件とみなして政策をおこした。スルタンから被りものまで、宗教的モチーフを政治から追放することは、なるほど政教分離であるようにみえる。しかしこの手続きは、政治と宗教を分離して独立にあつかおうというのではなく、政治が宗教を征服して管理するよそおいとなっている。オスマン帝国の社会にあって充実をみせた宗教教育の機能は、近代化の名のもとに後進的とみなされた。近代化政策が成果をあげているあいだはそれで問題ないようにみえても、市民の信仰心を抑圧したことは、やがて揺り戻しとなってあらわれる。

ムスタファ・ケマル。彼はトルコをヨーロッパの一員とする理想をもった。西洋文明を中心とする世界観を全面的に受け入れて、イスラームの文化は未開の証明であると信じた。国父として信仰されるほど強力な政治家がこのような思想を教育したものだから、彼の死後も市民が容易に信仰を口にすることははばかられた。ただちに反動分子とみなされかねない雰囲気がつくりあげられていた。

第二次大戦から21世紀まで。イスラームの教えを守って生きようと試みるひとびとと、ケマルの意志をついでイスラームを公的空間から排除しようとする軍のあいだで政治の所有権が揺れるさまが描かれる。イスラーム派が政治に参加するというとき、彼らは信仰の精神的充実を強調して保守的にみえこそすれ、オザルデミレルのように工学を専門にするリーダーをつぎつぎ輩出して、科学技術の導入にはきわめて積極的である。「呪術師が国家を乗っ取っている」という偏見で眺めてはいけない。

トルコについて語って、トルコの外の世界へのアウトラインがおもしろそうに示されることもたのしい。トルコの近代化は、アラブやイランの文化よりも強く世俗化をもとめる傾向をその文化に持たせたこと。それからクルド人について。多民族国家であったオスマン帝国がトルコ共和国となったときに、クルド人として近代化に貢献しようとしたひとびとが所有した理想と経験した挫折のこと。それからソ連の崩壊後には、ヨーロッパの側を向いて追いつきたいと願ったトルコがアナトリアに目を向けなおして、中央アジアとの協力関係を構想するさま。

地理と政治と宗教のいりくんだ歴史をいちどに語って明快であろうとするのは止めておいたほうがよさそうだが、これはそれに挑んで公正な書きかたを守ったまま書き終えられた良書だとおもう。公正とは、信念にもとづく妥協のことでもある。新井先生の書き口は、簡潔さのなかに信念が垣間みえることがある。作家的個性がつぎつぎにページをめくらせる読みやすさを支えている。

『イスラムと近代化 共和国トルコの苦闘』(新井 政美):講談社選書メチエ|講談社BOOK倶楽部