坂口恭平さんの「生き延びるための事務」シリーズを知りました。ポパイの最新記事の通知を受け取ってみにいって、そのまま一気に読んでしまいました。ポパイのウェブサイトで読めるのはコミック版です。それは途中までしか完成していないシリーズだけれど、文字だけのバージョンはノートにあがっています。そっちも読みました。

最初のいくつかの記事で、にわかに元気づけられたようです。言っていることは単純です。好きなことをやっていれば幸せである。幸せを感じ続けていたい。好きなことをし続けていたい。そのときに、ただ夢をみて過ごす代わりに、それを実現する具体的な計画を立ててみよう。それを仕事にしようと努力する代わりに、その仕事をもうはじめているみたいによそおってみよう。そのときそれはもうよそおいでなくて、手に入ったものになんの引け目も感じることはない。

計画を立てるというのは、仕事の筆頭です。まだここに存在しないなにかを、まるでここに存在しているかのようにみなして、分解しながらすこしずつそれに取り組んでいく。頭のなかにあるアイデアを書きだして、ぼくはこういうことをこういうふうにやっていこうとおもいます、とひとにアピールしながら、こつこつと仕事に取り組みます。アピールすることに不自由を感じて戸惑うこともあるけれど、計画を立てるのには好きなところもあります。はじめはなんの意味も形もない現実離れした妄想だったものが、このときまでにこういう仕事が必要だ、この作業には何時間かかる、みたいなことを積み重ねて、だいたいこれくらいで完成するはずだ、と文字にすると、それで仕事が動きはじめるようなのです。

計画、予想、想像、妄想と並べると、居心地の悪い取り合わせにみえるでしょうか。でも、これらがどうやら同一のスペクトラム上にあって、単にどれくらいそれっぽい雰囲気をまとわせるかによってのみ言葉を選んでいるように、ぼくには見えることがあります。事業計画とか業績予想というものが、失敗しないに越したことはないが、すこしくらいなら失敗してもいい発表として受け入れられているのが、ぼくを元気づけることがあります。「計画なんて偉そうにいってる、しょせんは砂糖をまぶした妄想じゃないか!」でも、砂糖をまぶす手間こそが大事ということでもあるんですよね。

ぼくは計画を立てるのは苦手でないつもりでいました。「ストーリーを想像する」「やるべきものを列挙する」「やりたいものも列挙する」「やらなくてすむものをきっぱり捨て去る」「ゴールを決めてそこから逆算する」「計画を実践しながら計画を修正し続ける」みたいな。うまくできるとうれしいなとおもいます。うまくできなくても、次はもうちょっとうまくやりたいなとおもいます。いままでそうやってこられました。

いま、すこし仕事をやすんでかけがえのない時間を過ごしています。最後にやった仕事のなかに、うまくできなかったなとおもうことはあります。ひとの計画とぼくの計画がぶつかって、ぼくの計画を譲歩するしかなかったときに壊れてしまったものがあったのかなとおもいます。ぼくがぼくの計画を生きられてたら、こう失敗したと感じることもなかったでしょう。もっとも、これはぼくの失敗というよりも、相性の悪いもの同士がぶつかってしまった、不幸な事故というくらいにしておくのがよさそうですね。

計画を立てるということ。いまぼくは、すこしぼんやりと過ごしています。毎日なんの計画も持たずに、晴れていればふらふらと自転車を走らせ、雨で寒い日は気分があがらずにベッドに横になって考え事さえもしないでいます。週に二回くらいはジムにいくほか、朝には短いランニングをして、昼と夜に散歩することもあります。悪くない生活ではあるのだけれど、いつまでこれを続けていいものかわからない不安もくっついています。お金の余裕がひとまずはあるはずなのに、なんとなくの社会的自意識から、求人サイトをぼんやり眺めることがあります。働いていないものはおかしなやつだという偏見があって、その偏見を自分に向けることを止められないようなのです。あわててはいけないよと押し留めてくれるひとが近くにいなかったなら、きっとあわてて動き出していたに違いありません。

計画に沿って生きるのは楽なんですね。あたえられた計画であっても、そこにいくらか自分で操作する余地があると信じる鈍感さが持てたなら、それはそれで満足できるようでもあります。でもほんとうにやりたいことは、自分の計画を自分でたてることなんでしょうね。坂口さんはそれを「事務」という言葉であらわして、あたらしい定義を作っています。ぼくはそれに元気づけられたようです。

目の前のお金の算段を片付ける。いまどんな時間を過ごしているかを明らかにする。やがてどんな時間を過ごしたいかを明らかにしてみる。それを実践する。

それであなたは満足できるはずといわれて、たしかにそんな気がします。ぼくの満足はそんなに水準の高いものではないとおもうのだけれど、ほんとうにそうかどうか確かめたいともおもいます。きょうからさっそく実践しようとあわてることはせずにおきます。あしたの午前中にもういちど冒頭の数編を読んで、手をうごかしてみたいなとおもいます。

あわてたくないという呪縛もあるようです。手を動かさない代わりに、坂口さんの過去のエントリを次から次に読んでいたら、だんだんと最初の感動が消えるのを感じました。消えてしまっては困るものです。それでこの日記を書くことにしています。

きょうはこれができればよし。あしたはあしたやろうとおもっていたことができればよし。できなくてもよし。またあさってやればよし。そんな具合にゆっくりエンジンをあたためます。