オルハン・パムクの『雪』を読んでいました。藤原書店から出た、2006年の訳です。

世俗とイスラームの葛藤。西欧への憧れ、また憧れることの恥。信仰と自殺のジレンマ。軍人と学生。新聞記者、市長選挙、詩人。政治や名声への失望。恋だけを本当の気持ちとして信じられること。このようなものを東トルコのカルスという小さな町を舞台に描いて、よそでは読むことのできないムードを持った小説です。

ぼくはこれを、最後まで読めませんでした。三分の二ほどで挫折です。話が進むにつれて、文章がだんたんと頭にはいってこなくなってしまい、進められなくなってしまいました。

たのしみに選んだ本を最後まで読まずに諦めることはめずらしいことです。読めなくなってしまった理由は自分でわかっていると感じます。訳本の品質が高くないのです。書いてあることを信じられなくなってしまいました。

はじめに気づいたのはたんなる誤字です。一文字の印刷間違いがあって、そこまですらすらと読んで頭のなかに作り上げてきたイメージが、つまずきました。それを忘れて進もうとしたところに、第二第三のミスが続きました。そのうち詩的なイメージの推進力は消えてしまいました。ミステリアスな表現があったとして、それが作家のたくらみだと感じておもしろがるよりも、翻訳出版の過程でアクシデントがあって意味が抜けてしまったのではないかと疑ってしまいはじめるようになってしまっては、もはやたのしむことはできませんでした。

翻訳のミスなのか印刷のミスなのかはわかりませんし、残念がるより仕方がないものとおもいます。しかしこれが急いだ仕事であったことは、裏表紙のあらすじにおかれた飛躍のあるミスリードにも明らかであるようです。そこでは「イスラム過激派によるクーデター事件」が起こると説明してあるのですが、実のところ起こるのは軍事クーデターであり、「イスラム過激派」はむしろ彼らの自由を奪うためにクーデターが企画されるのです。

とはいえ、一筋縄ではいかない葛藤のありさまをたのしく読む時間をあたえてもらうことはできました。ストーリーテリングの枠組みは、現在時制で進んでいくようでありながら、不意に登場人物をまもなく死が襲うことを約束することが何度かあります。ガルシア・マルケスがやるようなさりげないやりかたは、はかないけれども好きだなとおもいました。