東京・春・音楽祭の目玉公演のひとつとして、ワーグナーの演奏会形式の上演をみてきた。指揮はマレク・ヤノフスキ。

ニュルンベルクの乙女エファと、前日に街をおとずれた騎士との恋の話である。歌合戦の勝者が乙女を妻にするというルールのもとで、はじめは不慣れな歌をしかし自由に歌ってマイスタージンガーたち、とりわけ記録係のベックメッサーに騎士は落第を告げられる。

と、第一幕でここまでを観て、騎士こそが主人公に違いないとおもっていたところ、第二幕から先で様子が変わり始める。第一幕で騎士を擁護したザックスが劇の中心を引き締めるようになり、つまらないマニュアル人間のベックメッサーが悪役というより道化役となる。

演奏会形式で演出はともなわないというときに、これらふたりの歌手は好対照なやりかたでそれぞれの人格をよく表したパフォーマンスをしていた。ザックス役のエギルス・シリンスさんは、白い短髪に精悍な顔立ちをして、譜面台に分厚い楽譜集をひらいて、黒縁メガネから見下ろすようなまっすぐな存在感で歌った。

ベックメッサーのアドリアン・エレートさんは、譜面台の前には立たずに眉と目の細かなコントロール、指先の動き、あわてるようすでステージを短く左右に行き来するやりかたで、レパートリーの役に生命を与えて歌った。客席に笑い声がもれたのは一度ではなかったし、カーテンコールでも万雷の拍手が投げられた。三枚目としての存在感はいちじるしく強く、主役を食うほどの印象を残した。

最終盤に、情熱的な詩と旋律をバールの形式でまとめあげた騎士がマイスタージンガーの栄誉を手にして、いよいよ終幕とみえたところ、もうひとひねるがおこった。称号はくだらないとマイスターの位を固辞するのである。するとザックスが長い演説をはじめる。これがドイツ固有の芸術を擁護するロマン主義のイデオロギーの発露で、なかには外国人排斥の主張が込められていることにぎょっとする。ユダヤ人のことをいっていることが透けてみえるようであるからだ。とはいえ、いくぶん蛇足気味の幕切れであっても、それを恣意的に省略する構成でなかったことがよかった。