夕方に急にお腹が痛くなり、そう気づいた途端に具合も悪いような気がしはじめた。思い当たる要因はいくつかあった。寝不足、水分不足、不規則な食事など。ひとまず水を飲んで寝ていたら回復して、食欲も戻ったのでその日は早く寝た。
未明にふたたび、強い腹痛で目が覚めた。ベッドのなかでどんな姿勢をとっても和らいでくれない。1時間を超える時間を、ただ苦しいばかりで眠り直すこともできなかった。病院を調べた。内視鏡の検査を先日に受けた近くの消化器科は、水曜日で休診だった。近所には内科医院がもうふたつあるのだけれど、どちらも水曜休診になっている。ただ一軒だけ、すこし古びたちいさな医院は受診できそうにみえたので、夜が明けたらそこに行こうと決めた。
それで気づいたらもういちど眠ることができていた。起きるなり電話をかけてから受診した。しばらく待たされたあとに医師と対面した。肉付きのよい朗らかな老医だった。症状を伝えると、紙のカルテに濃いインクでさらさらとドイツ語の所見を書いていた。寝かされて、腹部を押された。下腹が痛いとしか認知していなかったけれど、下腹のなかでも右側にホットスポットがあることを感じた。それを伝えると、限局性の回腸炎だと口頭で当たりをつけられた。うつぶせにされて、背中を強くマッサージされた。もういちどあおむけに戻ると、下腹を押された痛みが魔法のように和らいでいた。それで、回腸での消化不良だと診断が下された。
すごいお医者さんだとおもった。医師のいうことがたしかだろうとこの日ほどに信じられたことはなかった。
脂質と酒のみならず牛乳も控えるのがよいこと、新鮮な野菜を食べて腸内細菌を回復させること、そして背中をよくほぐすことを伝えられた。弱い整腸剤を処方するから飲むようにと指示があって、どうしても耐え難いときにだけ痛み止めを頓服するようにとも伝えられた。痛み止めは腸のはたらきを阻害して、痛みのみならず正常化も止めてしまうから、なるだけ飲まずに済むのがよいとのこと。
限局性回腸炎という言葉は診断のなかばで聞こえたけれど、その場ではどういう漢字を書くのかわからなかった。帰ってきてからインターネットでみてみると、クローン病といって若年におおく発症する疾病をかつてはそう呼んだらしい。とはいえ先生は単に限局性の回腸炎といったまでで、クローン病とは言わなかった。あるいはこの前の内視鏡検査でみつからなかった病名はこれであるのかもしれないけれど、最後には背中の凝りと消化不良と結論付けられたわけで、運動と食事で改善すると診断されたからにはそれに努めて、勘ぐることはするまい。
いい病院をみつけることはむずかしい。未明に苦しみながら調べた隣駅の救急外来は、ひどく無機質なホームページに時間外手数料の情報だけを載せていて、電話をかけることをはばからせた。いっそう、救急車を呼んだとてきっとこの救急外来にまわされて手数料をせしめられるのだからと、我慢させることに重きをおかされた。症状がやわらいだからこそ平穏としていられるが、もしも重症であったならば、ぼくもまた緊急の助けを求めそこねて初動を遅らせてしまう側の患者であるのだろうなとおもった。そうさせる無形のバイアスがあそこにあったのだなと手応えをもって知った。