前の晩の三時近くに寝ようとして、翌朝に WBC の準決勝があると気づいた。見逃しはすまいと、朝八時に目覚まし時計をセットして、春分の日に早起きして観戦した。

メキシコ先発のサンドバル投手は、初球のストライクがおおくてテンポよく、四球をほとんど出さなかった。チャンスはおおくなかった。日本の先発の佐々木投手も好投していたが、凡打性のヒットがふたつ続いたあとの、高くはいったフォークを本塁打にされて三点のビハインドを与えられた。

サンドバル投手が降りてからの日本代表は、チャンスメイクはするものの無得点のまま残塁を積み重ねていた。メキシコ代表が少ないチャンスを効率的に活かしたことと対比して、日本チームが劣勢であることは明らかなようにおもわれた。七回裏に吉田選手が同点ホームランを打ったところで一安心して、九段下に出かけたが、準備をして駅に向かうあいだにメキシコが勝ち越し点を取っていた。運を味方につけられずにいて、これはもうだめかもしれないなとみえていた。

高田馬場で西武新宿線から東西線に乗り換えるころから、ふたたびストリーミングでライブ観戦した。一点のビハインドで九回裏の攻撃だった。メキシコチームのクローザーに、カージナルスでリリーフを努めるガジェゴス投手。先頭の大谷選手が初球打ちで右中間をやぶって、一塁手前にヘルメットを捨てながら全力疾走をした。二塁ベース上で繰り返し両手を振ってダッグアウトを鼓舞していた。無死の走者。同点は引き寄せられたと感じた。続けて吉田選手は四球。サヨナラのピンチランナーに周東選手が送られて、最後には村上選手が三球目をセンターオーバーの二塁打にした。

サヨナラの瞬間は、九段下駅に迎えに来てくれた友人と落ち合って、静かな路地を歩いているときにおとずれた。打球が抜けた瞬間、やったあ! と大声をもらしてしまった。一打で逆転サヨナラというシナリオにこれだけ興奮したことに、夏の甲子園で金足農業が近江高校に逆転スクイズを決めたときのことを思い出した。しかし今度はアマチュア大会ではなく、プロ選手による国際大会でそれが起こった。スケールのおおきな筋書きだとおもった。

松井がヤンキースに移籍した年にはじめてアメリカをおとずれた。リーグ優勝決定シリーズの直前で、ボストンとニューヨークのキャップを買ってもらって、それぞれの街でかぶらせてもらった記憶がある。その松井がスラッガーでなくクラッチヒッターとして記憶される選手になったことが、メジャーリーグの底知れなさを子供心に印象付けたようにおもう。そのメジャーリーグの選手たちに日本リーグの選手たちが渡り合って、印象深い試合をつくりあげた。そのことが、二十年をへだてて印象をうわ書いた。