日曜日の午前中に、東銀座の東劇をはじめておとずれて、ビリー・ホリデイの最晩年のステージを舞台化した作品を観た。オードラ・マクドナルドが歴史的な演技によって称賛を浴びたという広告が、映画館の古い建物のビルボードに堂々と掲示されていて、おもわず写真を撮った。

年明けすぐに、上映が決まったという告知の記事をみた。輸入による公開であって、作品そのものはすでに公開済みのものであった。故郷の大雪のなかを散歩しながら、サウンドトラックを聞いてみようとしたことをおぼえている。粘り気があって独特のゆらぎ方をする伝説的なボーカルが、舞台女優の技量によっておどろくほど生々しく再現されていることに戦慄して、聞き通すことはできなかった。これは劇場で観るときのためにとっておかねばなるまいと信じたのであった。

筋書きは、歌手がステージにあがり歌い始め、観客との対話をよそおった独白がやがて暗い心情を吐露するという形式になる。舞台の前半は、ベッシー・スミスとルイ・アームストロングの思い出を語りながら気持ちよく歌うレディが描かれていて、よい。錯乱と飲酒が手を組んで彼女をむしばむようすが痛々しく描かれる中盤以降の展開は、序盤でわずかに提示された語りの細部をヒントにしながら、奴隷制の歴史を静かに糾弾しているようだ。そのやりかたは、舞台設定にとっての時代錯誤を犯さず、それでいて現代に残る問題の系をストレートに提示している。苦しみは沈黙をよそおって雄弁である。

鑑賞のあとは、築地へと歩いてお寿司を食べた。さらに日本橋まで歩いて丸善を物色し、三越のカフェでザッハトルテを食べた。