国立映画アーカイブの特別展の展示物を、国書刊行会が書籍化して出版していることを知った。新宿の紀伊国屋でのブックフェアで見つけて、ただちに買って持ち帰りその日のうちに読んだ。

助監督業のかたわら禁欲的に脚本の執筆にいそしんだ若い時代にはじまって、『赤ひげ』『デルス・ウザーラ』『乱』といった後期の作品にいたるまで、黒澤明さんが脚本をどのように立ち上げて、またそれをどのように改善しながら作品に結実させたか。その様子が豊富な手稿とメモによってダイナミックに紹介されている。観たことのある作品はプロトライプの姿を知らされて興味深く、観たことのない作品はこれから観るための想像力を刺激されておもしろく読んだ。

第二章「敬愛した文豪たち」はなかでも繰り返し読んだ。バルザックを愛読して、「知られざる傑作」の映画化を夢想していたほか、「フィルミアニ婦人」「柘榴屋敷」といった短編は、創作ノートに批評や絵コンテが残されて現存するという。ドストエフスキーとトルストイ、それからシェイクスピアと、作品づくりの源泉が古典にこそあるということが輝かしくみえた。

原作と脚本、それから映画をそれぞれ可分のものとして考えていたことも興味深い。脚色は原作を脚本に変換し、演出は脚本を映画に変換する。原作を知らずに脚本をうんぬんするのは無茶な話であるし、映画だけをみて脚本を批評するのもまたきわどい。脚本がよくとも演出が悪ければ映画は無茶苦茶になる、など。そのうえで、黒澤さんは強靭で抜け目ないシナリオを執筆することに全力を注いでいたということが明らかになっている。土台を堅固につくることの重大さは、形のあるなしにかかわらず、ひとが手作業でものをうみだすときの肝心であると信念を改めされられる。