『M★A★S★H』

奇異な題名は高校生のころから知っていたけれど、観る機会がないままになっていた独特な映画『M★A★S★H』をみた。

おおきな筋がある代わりに舞台のお膳立てだけがあって、そのうえで即興的に大小の逸話が書かれていく。その構造に気づくまでは、いまいちとらえどころのないようにみえるが、ひとたびおもしろさに気づいてしまえばこれほどおもしろいものはない。ぼくにとってこの映画の魅力を知覚した瞬間は、鼻持ちならない婦長がフランクとの密会によってホットリップスという蔑称を与えられるにいたるシークエンスであった。

勃起不全を気にして自殺を図るペインレスのエピソードもよかった。自殺を志願する彼を止めるものは誰もおらず、かといって煽りたてるでもなく、「レコードプレーヤーもらっていいか？」「命を捨てて最前線に飛び込む兵士みたいなもんだな」とドライな情感が流れるのもいい。ビル・エヴァンスが変奏しているテーマソングの原題が Suicide Is Painless であるということの意味が明らかになる逸話でもある。

ホークアイとトラッパーが、つまらない政治の関係で小倉をおとずれる長い断章もいい。医療技術と怠惰な道徳を兼ね備えて、正しく権力を茶化してみせる彼らは、ハッカー精神とよばれるものをみごとに映し出している。単に不道徳であるというのではなくて、悪ふざけと名指される行為を真剣にやっている。そして、仕事は完全に仕上げる。バカバカしい仕事であっても、そこから一滴の甘い蜜を絞り出す。この世はすべて冗談のようなもの。真面目にやるだけバカバカしい。そう明瞭に知りながら、真面目にやるふりをして葛藤を表に出さない。そのやりかたはずいぶん格好いいぞとおもった。

ホットリップスは登場時の印象がめっぽう悪かったとはいえ、その対価にしては法外に高いおしおきを繰り返し受けることになる。性的なほのめかしが中心であるから、眉をしかめる向きもあろう。しかし彼女の変遷が、道化たちのなかにあって逆説的にめざましくみえたことは記憶しておこう。居丈高で嫌なやつだった彼女が、医療現場では看護婦の役でもそつなくこなして寡黙であること。掉尾をかざるアメフトの場面では、あれほど嫌っていたホットリップスという蔑称もどこか受け入れた様子でチアリーディングをする。愚かな女性像を演じているといっても通る豹変である。しかしそれが押し付けられた性格であるというよりも、軍の規律は脱ぎ捨てることを前向きに受け入れて、道化の輪に加わったようにみえるのがよい。なぜならおどけているほうが人間は自由だからである。