新国立劇場でヴェルディの『ファルスタッフ』の上演を観た。イタリア・オペラを観るのも、喜劇オペラをみるのもはじめてで新鮮におもった。
初演は1893年。ヴェルディはワーグナーと同年の生まれで、ワーグナーの死から10年後にこれを世に出した。晩年のスタイルである。
シェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』などに基づいている。尊大だが憎めない騎士ファルスタッフが、さわがしくごきげんな市民たちに仕返しを受ける筋書きである。しかしシェイクスピア劇らしく、やさしく要約するには網からこぼれるものがおおすぎる。いくつもの性格がそれぞれの思惑で自立して、いきいきと悩み笑い歌っている。
騎士をコケにする市民という分類をもって産業革命後の社会のすがたをにおわせる、ということはできないだろう。なぜなら市民のなかでも家父長的なフォードに女性たちが一泡吹かせるのが最終場の到達点であるから。陽気で楽観的なファルスタッフが調子にのって、計算高く嫉妬深いフォードが策略をめぐらせて、最後には女たちが高らかに大団円をみちびく。肩の力は抜けながらも、スケールのおおきな作品であった。
タイトルロールだけが目立つのではなく、何人もの主要なキャラクターが入り乱れて、しかもいくつもの筋書きが舞台のそこかしこで並んで起こる。不貞を疑ってさわぐ男、薄情な誘惑を懲らしめようとする女、熱い愛を歌う若者。彼らがそれぞれの主張をいちどにおこなう九重唱にオーケストラが一本糸をとおして、理路整然と聴かせる。それがこのオペラの醍醐味とみえた。人生はすべて冗談!
各幕各場は20分くらいとちいさめに作られている。そしてそれぞれの冒頭と末尾には印象的な大合奏が配されているから、飽きもせず、あっというまに時間が過ぎてしまった。お気に入りの場面はいくつもあるけれど、第三幕第一場で、ずぶ濡れになったファルスタッフが意気阻喪しているかとおもいきや、ホットワインをもらって元気を回復して、「お日さまの下であたたかくあまいワインをなめるのは最高だ!」と歌うところがよい。それから第二幕第二場のフィナーレもよい。こちらは大人数での重唱であったから、いくつかのバリエーションで観てみたいとも感じる。
週末の午後の新国立劇場の雰囲気はよかった。小学生の女の子がふたりできてるのがみえたり、高校生たちが制服で訪れてもいた。ぼくの席は後方の端っこであったのだけれど、もっといい席にちらほら空きがみえたのが痛ましくおもった。それから、劇を通してのべ1ダースほどのスマートフォンが床に落ちる音が響いたのがよくなかった。