ケンタッキー州ハーラン郡での、鉱山労働者によるストライキを記録したドキュメンタリー。

冒頭のシークエンスは、暗い鉱山のなかではたらく労働者たちを記録する。真っ黒の塵が充満する環境で肉体を酷使する労働者たち。その塵は彼らの肺をむしばんで、命を破壊することがのちに報告される。じわじわと進行する病であるが、症状が顕在化しない限り補償は受けられない。それはすなわち死の瀬戸際に立たされるまで労働し続けることを求めるもので、制度の欠陥である。

いくつもの対立軸が絡み合って複雑な状況があった。 UMW (全米鉱山労働者組合) と鉱山を運営する企業、 UMW と政府、 UMA とストライキ参加者たち、ストライキ参加者たちとスト破りのごろつきたち。カメラはこのうちストライキ参加者たちに固くよりそって、彼らの言葉によって状況を記録する。要所では比喩なしに現実を批判するフォークソングが歌われて、苦境をかこつ。

カメラはそこにたたずむばかりである。映画は生のフィルムをただ編集するだけで文脈をつくりだす。その方針はドキュメンタリー映画の挑戦をものがたっているが、そうして言葉少なに披露するには、この政治状況はあまりに複雑すぎた。難解とおもわれる場面はすくなくなかった。

現実の状況を描いているにも関わらず、悪役のあまりに徹底した悪役ぶりには開いた口が塞がらない。 UMW 首班のボイルは組合長選挙の対立候補を暗殺するし、スト破りのベイジル・コリンズは銃をたずさえて暴力のオーラをむき出しにした姿が映される。それが合衆国の労働運動の現場におけるリアリティであることを厳しく主張している。これは中世にあらず、たかだか50年前の現実である。