あまりにもよくない。150分の上映で、キルモンガー登場の2分間以外にみるものがほとんどなかった。

誰ひとりとしてまっとうな描かれかたをしていない。毅然たる女性像を演じていたはずが唐突に感情をむき出しにしてリーダーにふさわしくないことを無意味に表現する女王。悲しみを背負って500年も生きておきながら、短絡的な暴力思想を披瀝するククルカン。復讐を繰り返すべきかそれをせき止めるべきかの自明なクリシェの前でことさらに当惑するシュリ。深い尊厳をもつ魂はこの映画にみつからなかった。主要人物がみな ADHD のステレオタイプをなぞっているようで、みていられない。

個人の存在理由と使命を求めて葛藤し、それによって人格の深みが増すという具合の探求が、前作にはあったはず。そしてそこから製作陣は変わっていないはず。魅力的なキャラクターはおおく続投しているのに、結局はティ・チャラとキルモンガーがいなくなるとこんなにつまらなくなってしまうのか。

悩める魂は登場しなくもない。しかしどれも話せば話すほど狂気がにじみだす。当然、演出家はそれを意図していないだろう。狂人の完成形のようにしてあらわれるキルモンガーひとりが、狂気を隠さないという逆説的な正気を保っているようにさえみえた。マイケル・B・ジョーダンは短い登場シーンでしっかり存在感を放っていて格好よかったが…それがいちばんのハイライトとなってしまうと、映画として大失敗でしょう。

よく考えると、ナショナリズムを全開にしたサブタイトルが与えられた映画なんてはなから観るに値しないと考えても当然であった。「ワカンダ・フォーエバー!」という決め台詞は、格好いいのだろうか。個人の尊厳と国家の尊厳は別にしておくのがいい。そこを履き違えて、あくまで大味な映画である。

トーホー新宿の IMAX 3D 上映でみた。めずらしく後方の座席に座ったが、これも失敗だった。前席の南アジア系男性がひっきりなしにスマートフォンをいじり倒していた。カルチャーが違いすぎる衝撃の大きさにできるだけ視界から遠ざけようと座席を移動した。しかし彼がいよいよビデオ通話をはじめるにいたって、二度と彼が映画館に来ないか、ぼくが二度とこないかのどちらかしかもうありえないと憤慨するにいたった。まあ、その程度の層にアピールする映画だということもいえる。