「コンサートホールで世界旅行! 北欧の秋」というサブタイトルがついている演奏会。ウィーン生まれのサッシャ・ゲッツェルさんが指揮をとって、こういうプログラムだった。

ピアノは牛島智大さん。あまりシーンに明るくない僕でも顔写真はみたことのある、若いピアニスト。コンサートで聴くのはもちろん初めて。そもそもピアノの絡む演目を聴きにいくのが初めてだった。

3階席の最前列、オーケストラを見下ろすような席に座った。ティンパニを頂点にしてきれいな布陣をとっている様子がよくみえた。この前オーチャードホールでマーラーの第五を聴いたときには最前列に近いところの座席にいて、管楽隊が隠れて見えなかったのだった。

遠くからみていたぶん、奏者の細かな所作はみえなかった。すると、どの楽器が重要な役割を担っていま演奏しているのかということへの注意もすこし散漫になってしまった。大きな動きを解像度の低い塊として聴いて、小さなニュアンスは無意識に捨象してしまった感じ。とはいえ、前半後半ともにプログラムにないアンコールの演奏もあって、豊かな時間だった。

北欧の作曲家として束ねることで、かえってふたつの時代の違いが際立つようにおもわれて、おもしろかった。ロマン主義の時代を生きたグリーグと、20世紀初頭の音楽家であったシベリウス。演奏会が終わって、そのふたりのあいだにある数十年の長さをはじめて意識した。

特にシベリウスの交響曲第二番の、高揚感にあふれた大合奏のあいまを埋めるモチーフには不穏な調べが混じっている印象があり、そこに近代の不安、モダニズムの動機があるようにおもった。それが先鋭化まではいかずに折衷的な効果を呼んでいることもどこか新鮮におもった。

アンコールのワルツ演奏も素晴らしかった。座って聴くのがもったいないと思われるほど愉快なダンス音楽だった。150年ほど昔にはこの音楽の上で踊る文化があったのだとおもうと、それがいくら貴族の占有物であったといえども、豊かな時代だったのだろうなとノスタルジックに想像した。