先週末の話。横浜市民アートギャラリーに「今日の作家展」をみにいった。

古川結さんの、和紙に岩絵具が自由な色と形で提示される作品群の展示。小林達也さんの、「自分でもなにをつくっているかわからない」と韜晦する大きなペインティング。大崎清夏さんの、壁画のようにこちらを見下ろす詩のインスタレーション。これらをみた。

小林さんとはお話をさせてもらった。こちらが作品をじっくりとみている様子に声をかけてくださった。予期せぬことになにを話したものかとうろたえつつ、あれこれと作品の話をさせてもらった。なにもないところからなにもないところへ向けて作品を立ち上げていくプロセスは興味深いとおもった。注文や契約とは距離がある環境でものづくりをすることを想像すると、ぼくは仕事を終わらせられなくなってしまう気がする。それでも芸術は「完成」して展示される。なにをもって作品ははじまり、なにをもって終わるのだろう。そういうことを話した。

会場内で、大崎さんと永井玲衣さんの対談イベントを拝聴した。抽象度の高いトピックについて、抽象度が高いまま対話の形式として成り立っていることが刺激的だった。

最後に観客に発言権が許される時間があった。「生き延びる」とか「生きやすく」という言葉について、その背景で「死」という主題があって、それへの言及は無意識に回避されているとおもったので、そのことを話した。

セッションが終わったあとで、大崎さんの詩集の白紙のページにサインをいただいた。丁寧に書いてくださりありがたかった。