もっとも崇高な瞬間はただ一度だけ訪れる。
それは決定的な破局の直前に訪れる。嵐の前の静けさといってもいいかもしれない。どうしてこんなことに、と浮足立ってもおかしくないときに、かえって運命をいつくしむようにして悠然としている。
灯りを消して、美しい心のありさまを演じる。次の朝までには、みなそれぞれの破滅を迎えている。しかしどこか晴れやかな印象がある。
是枝裕和が、ソン・ガンホを主演にして韓国チームと映画をつくる。赤ちゃんポストの話らしい。それだけを最小の事前知識としてもって映画館をおとずれた。予告編はみていないし、『そして父になる 』『海街diary』『万引き家族』のいずれもいまだみられていない。それは家族という巨大な主題に向き合う準備をまだ持たない若さゆえの回避行為も含んでいるはず。
「血縁は心を通わせるための条件ではない」ということと、「血縁によってのみ語る資格をもつべきことはありうる」ということが、どちらも正しいことを示す。それは国際的にも通用するじゅうぶんに現代的な思想でありつつ、大陸から切り離された極東の土着性をともなって、日本の文化芸術のもっとも重要な主題のひとつである。家族。
『ユリイカ』『サッドヴァケイション』と、青山真治監督が家族を描いて優れた作品を続けて観させてくれた。それがいくぶん準備を整えてくれていたのかも。
大きくとらえたがるのはこちらの独りよがりであって、もちろん重苦しい話に終止するわけではない。洗車場でおおはしゃぎをする。楽しい家族旅行をよそおって警官を出し抜く。風邪をひいた赤んぼうの容態を切実に不安がる。こうして主役のグループを演じるバラバラの5人組は愉快そのものであった。
しかしソン・ガンホの存在感はやはりひときわ光っている。クリーニング店経営者として全自動コインランドリーに逆上する滑稽さと、別れた妻に引き取られたひとり娘との居心地の悪い会話の切実さのコントラストが言いようもなく鮮やかである。
厳しいだけの人生が、ある一瞬間に過酷なまでの美しさを見せる。その絶頂を短く迎えるためだけに生きることができる。それもまた普遍的なテーマである。黒沢明の『生きる』を思い出していた。デビッド・ボウイの「ヒーローズ」もそう。これらのリストにこの映画も含めて、この感傷を記憶したいとおもう。池袋グランドシネマサンシャインにて。水曜日はサービスデー。