映画はフィクションだというのは大前提であるのに、それでも「そんなご都合主義なことがあるかねえ…」と醒めた態度でもって、リアリティがなくていまいちピンとこないんだよねえ、と気の抜けた感想を持ってしまうことはしばしばある。つまらない大人の仕草と言ってはそれまでだが、完全に楽しみきれないモヤモヤがあるからこそ、ディテールのツメの甘さにガッカリしてしまうのだとおもう。
その点、この映画はご都合主義の最たるものである。できないことをやりきる。気合で乗り切る。なぜそれが可能か? 運命的なヒーローがそう覚悟を決めたからである。しかしそれでなんの不満もないのである。ディテールをつべこべいう気にはとてもならない。すべてが予定調和であるが、すべてが完璧と信じさせてもくれる。映画の魔法、というのはこういうことを言うのだろう。トム・クルーズの存在感がその魔法を成立させている。すごい俳優だ。
ひとが機械を動かす。戦闘機にも乗るし、ヘルメットをつけずにバイクにも乗る。スピードに取り憑かれた狂人の顔ではなく、ときに爽やかな、ときにプロフェッショナルの顔つきで機械をコントロールするマーヴェリックがいい。工学と人間の関係をポジティブに描いているのもいい。マシンが耐えられる負荷の閾値と、人体が耐えられる負荷の閾値を、ギリギリ超えるところまで気合で追い込んで、戦闘機とパイロットの能力を限界まで引き出させる、というところにグッときていた。可能性の低いオペレーションに臨んで、必死に戦うパイロットたちをみて、ボロボロ涙を流しながら年甲斐もなく「ガンバレ!ガンバレ!」と口走らずにはいられなかった。それくらい没入していた。
前作は見ずに鑑賞したけれどなんの不自由もなかった。新宿の IMAX のスクリーンで観た。 IMAX で上映しているあいだに絶対に観に行かなければ、とおもっていた。昨日のことがあって気が塞いでもいたから、これを観るならきょうしかない、と覚悟を決めて臨んだ。
アートフィルムが好きなくせに、トム・クルーズを観に行きたいというのは矛盾しているんじゃないの、と皮肉をいわれたことがあった。映画は映画で楽しめればそれでいいじゃないの、と言っても納得してもらえず、もの哀しい気分にさせられた。そういう個人的な文脈があったことも踏まえ、太陽のようなヒーローが大画面と大音量で活躍する姿をみて、こうおもうよりなかった。エンターテインメントは必要不可欠!