恩着せがましいといわれた。そうなんだろうな。

自分に酔っているのだといわれたら、たぶんそうなのだろう。そうなのだろうから仕方がない。どうしようもない。ひとのためになにかをする。それを互いに幸福におもえる。そういう幻想を楽しめなくなったら、おしまいにするしかない。

恩着せがましい。そのとおり。ぼくはそうすることに幸せを感じていた。甘えさせておいて、いざというときに裏切る。あのとき言ったことと、いま言っていることが整合していない。嘘をつく。嘘をつかないリアルなマッチョは化けの皮がはがれた。

裏切る。裏切られる。傷つく。そう感じてくれるだけの信頼を持ってくれていた。ぼくはそこまで無私の信頼を持てていなかった。

友達に戻ろうといったのは彼女のほうだった。ぼくも同じ気持ちを持っていた。互いの世界がはっきり異なっていることはわかっていたけれど、きょうがそれを切り出す日とは考えていなかった。

さめざめとした空気のなかで、泣かせてごめん、といった。特別にキザぶったというほどのものでもない、素直なあわれみであった。それがゲームを終わらせた。恩着せがましい、調子に乗るな、女を自分よりも弱い存在に仕立てあげて、本当に弱い自分をごまかそうとするな。内向的な彼女に似つかわしくなくも、その知性を正しく反映した豊富な語彙で罵倒された。そして彼女は出ていった。

一緒に住むという話をしていた。そうしたいとぼくも主張した。迷いはあったが、一回きりの人生の可能性にベットしてみるのも悪くないともおもったのだった。しかし最後には迷いが勝って、いまは無理だといった。じゅうぶんな勇気を持たず、まっすぐ向き合わない。そのあいまいさにバチがあたった。

恩着せがましい、それは正しい。それは悪い。迷いをもつこと、それは正しい。それはよい。小さく誠実であろうとして、大きく不誠実であること。一緒に住もうと軽々しくいって、あとから取り消すこと。それは悪かった。しかし、そうしていなかったらやがてもっとみじめな気分になっていただろう。

ひとに優しくするよりも、自分に素直になれたこと。悪くはない。いいひとを演じて好かれるのも、悪いひとを演じて嫌われるのも、同じことである。いいほうに向かうほうが摩擦はすくないが、悪いほうに向かう愚かさだって人生の一部だ。そうしてお前は愛想をつかされ、自分のことを始めるのである。