平面上の二点間の距離は、三平方の定理より求められる。線分のなす角(の余弦)は、余弦定理より求められる。これをいわば再定義したものが、ベクトルの内積である。 [tex: \boldsymbol a] と [tex: \boldsymbol b] をそれぞれ列ベクトルとして、次の演算を内積と定義する。
[tex: \displaystyle (\boldsymbol{a} , \boldsymbol{b}) = \boldsymbol{a}^t \boldsymbol{b} = \boldsymbol{b}^t \boldsymbol{a} ]
これは定理にあらず、定義である。これを道具として、任意のベクトルの大きさや角をさらに定義できる。
[tex: \displaystyle \lVert \boldsymbol{a} \rVert = \sqrt{ ( \boldsymbol{a} , \boldsymbol{a} ) } \\ \displaystyle cos\theta = \frac { ( \boldsymbol{a} , \boldsymbol{b} ) } {\lVert \boldsymbol{a} \rVert \cdot \lVert \boldsymbol{b} \rVert} ]
三次までのユークリッド空間であれば、同じものを幾何的に検討することができた。ここでは幾何の定理に依拠せずにベクトルの大きさやなす角を定義している。そうすることで、数ベクトル空間においてベクトルの一般的な性質を考えることを容易にしている。内積が定義された数ベクトル空間のことを、計量数ベクトル空間と呼ぶ。
高次への一般化とは抽象化にほかならない。「大きさ」とか「なす角」が、具体例を離れて抽象的な概念になってしまったような気がするのは、自然なことである。定義に依拠して一般的な検討を加えればよいだけのことであって、想像力をたくましくする必要はない。具体的なイメージは、ユークリッド空間においてのみ考えればよい。
放送大学の「線型代数学(‘17)」の第二回より、テキストを読んだだけではのれんに腕押しという気分だったところ、ラジオ講義での補足的な説明でいくらか腑に落ちた。そのノートを写しておく。少ない演算を定義することで多くの定理が導かれていくのをみるのは楽しい。具体を離れて理念的に考えることで幅が広がるのも楽しい。