飲みにいこうとして高円寺を歩いていたら、狭い路地からガタンというおとがして、みるとひとが倒れていた。土地柄の酔漢にはあらず、男性のご老人であった。手押し車もろとも激しく転んだ様子で、横になったまま動かなくなっていた。おっと、と路地にはいって駆けつけた。近くにいた若い人がすでにそのおじいさんに呼びかけて意識を確認していたので、僕は119番をコールする役割を持った。
仰向けにされて、目はぱっちりと開いて、息はあった。呼びかけに応じてくれず、意識の低下を危惧した。やがて子連れのご夫婦が心配して介助に加わってくれた。横たわっていた身体を起こしてあげて、手押し車に座らせてあげた。座りなおしたうえであらためて、耳元で大きな声で呼びかけられたのを聞くと、ご老人はとぎれとぎれに応答しはじめてくれた。聴覚に難があるだけだったらしい。意思疎通はとれており、懸念したほどに悪い状況ではなかったように感じた。
15分ばかりで救急車のサイレンが近づいてきて、すこし離れたところで消えた。3名編成の救急隊が担架をひいて現れた。ひとりの隊員が、通報者として僕に、発見者として別の者に事情を聴取するあいだ、残りのふたりがおじいさんに話しかけ、担架に乗せ、身体を固定して、テキパキと搬送に向かっていった。残った方々と、どうもありがとうございました、助かりました、と会釈をして散り散りになった。東京のドライな人間関係のなかに、人助けをしたという達成感からくるわずかなウェットさが、いくらか共有されていたとおもう。
80歳過ぎのおじいさんだった。手押し車こそ地味で目立たないデザインであったが、厚手のグレーのスウェットの上下に、鮮やかな赤のニット帽を合わせるスタイルが粋だった。 FUNKY と英字があしらわれていて、スノボ用のキャップに近かったとおもう。それを普段づかいしても外さない自然さが強く印象に残った。もうすこし元気で長生きしてほしいとおもう。それを知るすべはないのだが。