数の悪魔』を読んだ。

あほな質問はやめろ。頭を悩ますことがすごいことなんだ。1

 算数を啓蒙する児童書として評判がいいと聞き、読んだ。子供向けとあるが、とんでもない。「ほんとうのこと」を扱う本の前では、大人も子供もなくなる。

 素数の話、三角数の話、累乗の話、階乗の話が、手を替え品を替え提示される。数学用語はほどほどに留められている。代わりに、独特な比喩が持ち込まれるから、手垢のついていない新鮮な感覚で対象に向き合うことができる。例えば、フィボナッチ数がウサギの繁殖で解説される。なんのことはないネズミ算になるが、ウサギを想像することはそれだけで認識に爽やかな風を吹き込んでくれる。

 悪魔というモチーフもいい。はじめは厳しい悪魔が、次第に読者と喜怒哀楽を共有し、気づくと仲良くさせられてしまっているのがたまらない。アジアの童話で言う小鬼のような憎めなさがある。異教の子供たちが読むとすれば、さらにこじれた愛着が湧くのかもしれない。

 著者のエンツェンスベルガーは数学者ではない。詩人である。しかも戦後ドイツの文学界を代表する詩人だという。不明にして知らなかったが、どうりでイメージが鮮やかなわけだ、と腑に落ちた。

 調べてみると、同氏が67歳の手によりあらわした作品である。年齢だとか経歴は少しも気にせず、ただ算数の喜びを享受せよ! と後押しまでされたような気分になる。実際、誰よりも純朴な精神をもって臨み、これだけパーフェクトな作品を生み出した詩人を、数学者でないからといって非難することが誰にできよう?

  1. ハンス・マグヌス エンツェンスベルガー. 『数の悪魔』. 晶文社. 2000. ISBN-13: 978-4794964540.